東京東部・柴又No.074★地図で見る →
矢切の渡し
東京・葛飾区柴又と千葉県松戸市の矢切を結ぶ木の舟。江戸時代に許された渡し船のうち、今も残る唯一のものだ。

柴又の帝釈天参道を抜けて数分歩くと、江戸川の広い草地の河川敷が開ける。そこに細長い木の舟が待ち、農民たちが江戸時代初期から使ってきたこの道を、対岸の千葉県松戸市・矢切側との間で往復している。船着場に時刻表も券売所もなく、船頭は人が集まるのを待ってから出発する。片道はおよそ五分。舟はもともと人の手で漕ぐもので、低く簡素な形は昔のまま、天候や川の状態によって船外機も使う。多くの人は渡ってそのまま戻ってくる。目当ては対岸ではなく、渡ること自体だ。環境省が選ぶ「日本の音風景100選」にも、柴又帝釈天界隈とともに選定されている。
なぜ穴場のままか
柴又帝釈天の参道はどの東京リストにも載るが、あと十分歩いて川まで下りる人はほとんどいない。天候と水位で動き時刻表もないので旅程に組み込めず、英語の情報も少ない。
歴史・背景
この渡しは江戸時代初期にさかのぼる。江戸幕府は防衛上の理由で都の近くに橋を架けず、対岸に田畑を持つ農民が自らの渡し船を営むことを認めた。矢切は利根川水系に沿った約十五ヶ所の渡しのひとつで、明治初期の頃から杉浦家が代々船頭を務めてきた。伊藤左千夫の1906年の小説『野菊の墓』の舞台として全国に知られ、1983年のヒット曲「矢切の渡し」でも再び名を広めた。
見どころ(歩く順)

- 帝釈天の参道
- 柴又駅から川へ向かう参道。老舗の店や屋台が並ぶ
- 江戸川の渡し
- 東京側と千葉側を結ぶ、片道約五分の木の舟の船旅
- 矢切側(千葉)の河原
- 伊藤左千夫の小説『野菊の墓』の舞台。文学碑(石碑)が立つ
- 日本の音風景100選
- 帝釈天界隈とともに環境省が選ぶ音風景の一つに指定
おすすめの楽しみ方
柴又駅から帝釈天の参道を歩いて河原へ下りる。時刻表がないので、人が集まって舟が出るまで少し待つつもりで。運航はおおむね10〜16時。3月中旬頃から11月は毎日、冬は土日祝日を中心に運行し、天候次第で欠航もある。大人片道約300円・船上で現金払い。
実際の行き方
- 京成上野駅 → 京成高砂駅(京成本線・約17分)
- 京成高砂駅 → 柴又駅(京成金町線・約2分)
- 柴又駅 → 船着場(参道を抜け河原まで徒歩約10分)
- 京成線・高砂乗り換え
- 京成上野駅→(京成本線・約17分)→京成高砂駅→京成金町線に乗り換え→(約2分)→柴又駅→帝釈天の参道を抜けて河原の船着場まで徒歩約10分。計およそ30分。電車は本数が多い(約10〜15分間隔)が、舟は晴天時のみで時刻表はない。
- 帰りは同じ経路を逆に
- 渡しは夕方には終い(最終はおおむね16時頃・天候次第)なので、余裕をもって戻る舟に乗る。柴又駅まで徒歩約10分、京成金町線で高砂へ、本線に乗り換えて都心へ戻る。
行く前に
- 現金
- 舟賃は船上で現金払い・小銭を用意(大人は片道およそ300円)。
- 定休
- 晴天時のみ運航。増水や強風で予告なく欠航する。冬は土日祝日と庚申の日のみの運航。
- 別ルート
- 欠航なら、河川敷の散歩道と参道近くの旧家・山本亭の庭でも歩く価値がある。
- 降りたあと
- 柴又駅から参道を抜け、帝釈天の脇を土手へ。約10分。船着場は草の土手を下りたところにある。