神奈川・鎌倉東部No.290★地図で見る →
報国寺の竹の庭
鎌倉東部にある建武元年(1334年)創建の臨済宗の寺。約二千本の孟宗竹が並ぶ「竹の庭」と、その中の茶席で知られる。

報国寺は建武元年(1334年)の創建、臨済宗建長寺派の寺である。開山は仏乗禅師・天岸慧広、開基は足利家時。家時を弔うため、上杉重兼によって建てられた。足利との縁は、しかし穏やかには終わらない。永享10年(1438年)の永享の乱で、4代鎌倉公方・足利持氏の子である義久が、この地で自害している。本堂の裏手は山際へ上がり、鎌倉特有の横穴式墳墓「やぐら」が穿たれている。ここのやぐらは家時と義久の墓と伝わる。そしてその先に、いま寺の名を知らしめているものがある——密に植えられた約二千本の孟宗竹と、そこを一本だけ抜けていく道だ。
なぜ穴場のままか
鎌倉の人出は大仏、鶴岡八幡宮、江ノ電の海岸線——つまり駅の西と南に集中する。報国寺は東、浄明寺の先、日帰り客がまず通らない道の上にある。だからこれだけの竹林が、朝9時にはまだ静かなままでいられる。
歴史・背景
臨済宗建長寺派、建武元年(1334年)の創建。開山は天岸慧広、開基は足利家時、建立は上杉重兼による。鎌倉幕府の滅亡と足利氏の台頭という蝶番の時期にちょうど生まれた寺で、そのまま一族の運命を背負うことになる。永享10年(1438年)、永享の乱が4代鎌倉公方・足利持氏を折ったとき、その嫡子・義久はこの寺で果てた。本堂裏のやぐらは、平地の乏しい鎌倉の山肌に数多く穿たれた横穴式の墳墓で、ここのものは家時と義久の墓と伝わる。いま人を集める竹の庭は、そのさらに奥にある。つまり参道は、景色にたどり着く前に歴史を一度通り抜けることになる。
見どころ

- 竹の庭
- 約二千本の孟宗竹が密に立ち、そのなかを一本の道が抜ける。
- 竹林のなかの抹茶
- 庭のなかに設けられた茶席。竹の幹に正対して座り、抹茶をいただく。
- やぐら
- 本堂裏の岩壁に穿たれた横穴墓。足利家時と足利義久の墓と伝わる。
- 枯山水の庭
- 竹林の奥、境内のさらに深いところに構えられた枯山水。
おすすめの楽しみ方
9時の開門に合わせて門前にいること。竹林が竹林でいられる人数はせいぜい数十人で、午前のうちに埋まっていく。抹茶は頼んだほうがいい。竹のなかを「通り抜ける」のではなく「座って留まる」唯一の方法だからだ。帰りは歩いて、浄妙寺・杉本寺・宝戒寺を拾いながら駅へ。20分の立ち寄りが、ちょうどいい半日になる。
実際の行き方
- 東京駅→鎌倉駅(JR横須賀線・約55分)
- 鎌倉駅東口→浄明寺バス停(京急バス・約8分)
- 浄明寺バス停→報国寺山門(徒歩約2分)
- JRで鎌倉、そこから東へバス8分
- 東京駅→(JR横須賀線・逗子/久里浜方面、約55分)→鎌倉駅東口→バス乗り場→(京急バスで金沢方面へ東進、約8分)→浄明寺バス停→徒歩約2分。合計およそ75分。
- バスで戻るか、杉本寺を拾って歩いて戻る
- 同じバスで鎌倉駅まで約8分。脚に余裕があれば歩いて戻るほうがいい。ほぼ平坦な道を約28分、浄妙寺・杉本寺・宝戒寺と続く、鎌倉でもっとも「1キロあたりの寺の密度」が高い区間である。
行く前に
- 現金
- 小銭を用意しておく。庭の拝観料は本堂横の入口で納める方式で、竹林のなかでいただく抹茶は別料金。どちらも現金と考えておくのが無難。
- 定休
- 拝観は9:00〜16:00、12月29日〜1月3日は休み。撮影スタジオではなく現役の寺の境内なので、道を外れない、声を落とす、遊歩道に三脚を据えない。
- 別ルート
- 鎌倉駅から歩いても約28分、ほぼ平坦で道中そのものが楽しい。タクシーなら駅から10分足らず。
- 降りたあと
- 浄明寺バス停で降り、山側へ渡って、本通りからわずかに上っていく細い道へ入る。寺の門まで約2分。竹の庭は本堂の裏、専用の入口から入る。