奈良・橿原No.338★★地図で見る →
今井町
〜五百軒の町家が残る自治都市〜
環濠に囲まれた碁盤の町割に、伝統的建造物が約500件。1993年に重要伝統的建造物群保存地区に選定された。しかもここは今も人が暮らす町で、展示施設ではない。

幹線道路から一本入ると、そこで時代が止まる。今井町は東西約600メートル、南北約310メートル。細い通りの両側が、ほぼ切れ目なく町家で埋まっている。白い漆喰、黒い格子、低い瓦庇、ところどころに隣家との境に立ち上がるうだつ。地区の建物のうち約500件が伝統的建造物で、うち9件が国の重要文化財だ。保存地区としての見どころ以上に効いているのは、ここに人が住んでいることだと思う。格子の奥に洗濯物が干してあり、何代も同じ家が使ってきた戸口から住人が自転車を押して出てくる。最も格式が高いのは1650年建築の今西家住宅。町の惣年寄を務めた家で、いくつもの破風が重なる屋根は小さな城のように見える。それは狙い通りでもあった——自治を行う町は、そう見えなければならなかった。
なぜ穴場のままか
保存された町並みは日本各地にあるが、たいていは一本の通りだけだったり、復元が主だったり、住人がいなくなっていたりする。今井町は町ごと残っている。元の町割に約500件の伝統的建造物、しかも現役の住宅。近鉄の駅から徒歩10分、入場無料。江戸の豪商の町が路上でどう見えたかを知りたいなら、関西でいちばん完全な実例だ。
歴史・背景
今井町の始まりは16世紀半ば。浄土真宗の称念寺を中心に、濠と土塁で囲まれた寺内町として成立した。石山本願寺方について織田信長と戦い、1575年に降伏。だが町は破却されず、異例なほど広い自治権を認められる。徳川の世に入ると商いと金融で富み、「大和の金は今井に七分」という言葉が生まれた。有力商家から選ばれた惣年寄が裁きも財政も差配する、実質的な自治都市だった。1993年12月に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、文化庁の日本遺産の構成資産にもなっている。
見どころ(歩く順)

- 今西家住宅(1650年)
- 重要文化財。惣年寄を務めた家で、幾重にも破風が重なる「八棟造」の屋根は城のよう。内部見学は事前予約制
- 称念寺
- 町がその周りに生まれた浄土真宗の寺。本堂は重要文化財
- 今井まちなみ交流センター「華甍」
- 1903年築の明治建築を使った無料の案内施設。町全体の模型があるので、まずここから
- 格子の通りそのもの
- 一本だけでなく碁盤全体を歩きたい。通りごとに庇の高さや格子の割付が微妙に変わる
おすすめの楽しみ方
碁盤をひと通り歩くなら90分あれば足りる。まず華甍で模型と無料マップを受け取り、そこから外へ広がっていくのがいい。今西家・豊田家など内部公開している町家もあるが、公開日はまちまちで今西家は予約が要るので、先に交流センターで確認を。町家を改装したカフェや蕎麦屋が数軒あるが、地区内にコンビニはない。撮影は節度をもって——ここは私邸であり、住人がいるからこの町は標本にならずに済んでいる。
実際の行き方
- 京都駅→大和八木(近鉄京都線・橿原線特急・約50分)、または大阪上本町→大和八木(近鉄大阪線・約35分)。
- 大和八木→八木西口(近鉄橿原線・1駅)。
- 八木西口→今井町北端(南へ徒歩約5分)。
- 近鉄で八木西口へ、そこから南へ歩く
- 京都から: 近鉄京都線特急で大和八木(約50分)、橿原線に乗り換えて1駅の八木西口。大阪から: 大阪上本町→大和八木(近鉄大阪線・約35分)、同じ乗り継ぎ。八木西口からは南へ徒歩約5分で地区の北端。大和八木駅から直接歩いても約10分。
- 八木西口または大和八木まで歩いて戻る
- 京都・大阪・名古屋方面へ向かうなら、5分余分に歩いてでも大和八木へ出るほうがいい。三方向の特急が停まる乗換駅で、夜遅くまで本数がある。
行く前に
- 現金
- 町歩き自体は無料、華甍も無料。個別公開の町家は現金で少額の入館料(今西家は予約制で500円程度)。地区内のカフェは現金が無難なので、大和八木駅で下ろしてから歩き始めるとよい。
- 定休
- 通りはいつでも歩ける。華甍と各公開町家はおおむね9:00〜17:00、月曜・年末年始休。町家ごとに休日が違うので橿原市サイトで確認を。
- 別ルート
- 畝傍山の麓に広がる橿原神宮は橿原線でさらに2駅。半日で今井町とまとめられる。
- 降りたあと
- 八木西口駅は西側の出口へ出て南下。道が細くなり白い漆喰壁が現れたところが地区の入口。ロッカーや列車の選択肢が必要なら、同じ路線で1駅北の大和八木へ。