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石垣山一夜城

history穴場——実はすごい

豊臣秀吉が1590年の小田原攻めで本陣として築いた、関東初の総石垣の城の跡。蜜柑畑に囲まれた無料の歴史公園で、相模湾を眼下に望む。

石垣山一夜城
実写(ライセンス済み)Tak1701d / Public domain

1590年、豊臣秀吉は後北条氏の本拠・小田原城を包囲し、早川を挟んだ尾根の上に本陣として自らの総石垣の城を築いた。記録では関東地方で初めての総石垣の城とされ、石垣は近江(琵琶湖のほとり)の石工集団・穴太衆が、切らない自然石をモルタルなしで積む「野面積み」で仕上げた。「一夜城」の名は築城の速さでなく、その見せ方に由来する。城は木立の陰に隠して築かれ、周囲の木を一夜で伐り払うと、小田原城の守り手たちは一晩で城が現れたように見て驚いた。今は石垣山一夜城歴史公園として整備され、石垣・段状の曲輪・天守台が蜜柑の畑の中に残る。

なぜ穴場のままか

誰もが街に復元された小田原城へ行き、早川から約50分登ってこの石垣の跡を訪ねる人は少ない。跡地に駅はなく、観光バスも土日祝しか走らず、英語の案内も乏しい。だから平日は静かなままだ。

歴史・背景

築城は秀吉の小田原征伐の最中で、後北条氏を降伏させ天下統一を仕上げる最後の一手となった。記録によれば延べ約4万人が動員され、1590年のおよそ4〜6月にかけて約80日を費やした。城跡は後に国の史跡に指定され、約5.8ヘクタールの敷地が無料の公園として開放された。

見どころ(歩く順)

石垣と曲輪跡Tak1701d / Public domain
農道の登り
早川駅から蜜柑畑の舗装農道を上り、公園入口まで約50分
野面積みの石垣
穴太衆が積んだ荒々しい自然石の石垣。400年超を経て今も残る
天守台と曲輪跡
かつて天守が立った天守台と、城の縄張りを伝える段状の曲輪
展望台
小田原の城下町と相模湾を一望。晴れた日は東京スカイツリーも見える

おすすめの楽しみ方

段状の曲輪を歩いて天守台・展望台まで一巡りするのがよい。湾と城下町の眺めは晴れた日を選びたい。秋には石垣を囲む蜜柑畑が旬を迎える。谷を挟んだ小田原城とあわせて立ち寄りやすい。

実際の行き方

起点
東京駅
所要
約130分 · 徒歩約50分(土日祝バス)
降車
早川駅
  1. 東京駅→小田原駅(JR東海道線・約80〜90分/新幹線なら約35分)。
  2. 小田原駅→早川駅(JR東海道線・1駅・約3分)。
  3. 早川駅→公園(農道を上って徒歩・約50分)。
  4. 土日祝の選択肢:小田原駅東口→公園(観光回遊バス「うめまる号」・約15分)。
東海道線+徒歩(土日祝はバス)
東京駅→(JR東海道線・約80〜90分/東海道新幹線なら約35分)→小田原駅→(JR東海道線・1駅・約3分)→早川駅→農道を上って徒歩約50分で公園へ。土日祝は、小田原駅東口から観光回遊バス「うめまる号」で公園まで(約15分)も選べる。平日は路線バスがなく、早川から歩くことになる。
帰りも電車(土日祝はバス)
早川駅へ下れば東海道線が頻発。徒歩なので最終バスの心配はない。行きに土日祝の「うめまる号」を使った場合、運行は昼過ぎまで(最終は15時45分ごろ)——出発前に小田原の停留所で当日の時刻を確認。
現在地からの経路を開く(Google マップ)↗

行く前に

現金
公園は無料。跡地の有名なベーカリーカフェは現金可で、頂上で助かる。この辺りは現金主義の店もあるので小銭を用意しておくとよい。
定休
古い石垣は緩む所があり、園内は段差や凹凸がある(車いすでの利用は不可)。道を外れず、石垣に登らないこと。現地に管理事務所はない。
別ルート
土日祝のみ、小田原駅東口(1番のりば)から観光回遊バス「うめまる号」が公園に立ち寄る。平日はバスがなく、早川から歩く。
降りたあと
早川駅から、蜜柑畑の中の舗装された農道を上って約50分で公園入口。

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