茨城南東部・鹿嶋No.293★地図で見る →
鹿島神宮
全国約六百社の鹿島神社の総本宮で、剣の神・武甕槌大神を祀る。徳川三代が建てた社殿が八百種超の植物を抱く保護林の中に立ち、東京駅から2時間で着く。

鹿島神宮は、北浦と太平洋に挟まれた台地の上にある。社伝によれば創建は神武天皇元年、紀元前660年ごろ。古事記にも日本書紀にも名が出る。祭神は武甕槌大神——剣と、決着をつける力の神である。全国に約六百社ある鹿島神社が、ここを総本宮と仰ぐ。徳川家はこの社を重んじた。家康が1605年に社殿を寄進し、二代秀忠が1619年に現在の本殿を建て、水戸初代藩主・頼房が1634年に朱塗りの楼門を加えた。この楼門は日本三大楼門のひとつに数えられる。そして社殿の背後で、参道はそのまま森になる。神宮の樹叢は県指定天然記念物で、広さ21万坪、800種を超える植物を抱える。楼門から奥宮まで一直線に伸びる杉並木こそ、多くの参拝者の記憶に残る風景だ。
なぜ穴場のままか
鹿嶋は路線の終着に近く、東京からの日帰り客が引き返す地点の先にある。海外での知名度もサッカークラブが先に立つ。国内でも明治神宮や日光の陰に入りやすく、この格の神社が平日の朝には驚くほど静かなままでいる。
歴史・背景
武甕槌大神は、神話において国譲りの談判に遣わされた神——つまり決着をつける力の神である。だからこそ武家が長く信仰した。その御分霊が奈良の春日大社へ移されたとき、鹿の背に乗って旅したと伝わる。奈良の鹿はその子孫だとされ、鹿島も奥参道の鹿園に神鹿を飼っている。今の社殿は徳川期の造営がそのまま残ったものだ。秀忠の本殿(1619年)、頼房の楼門(1634年)、そして家康が1605年に建てた古い社殿は参道の奥へ移され、奥宮となった。境内でもっとも奇妙なものは地面の下にある。要石——地震を起こす大鯰を押さえていると伝わる石で、地上に出ているのは丸い頭の部分だけである。
見どころ

- 楼門
- 1634年、水戸藩主・徳川頼房の寄進。日本三大楼門のひとつに数えられる朱塗りの門。
- 本殿
- 1619年、二代将軍・徳川秀忠の寄進。今も神宮の祭祀の中心。
- 杉並木と奥宮
- 森を貫いて一直線に伸びる参道の先に、家康が1605年に建てた社殿が奥宮として立つ。
- 要石
- 地震を起こす大鯰を押さえるという石。見えているのはごく一部にすぎないと言い伝えられる。
- 御手洗池
- 一日およそ40万リットルが湧く清冽な池。禊の場として使われてきた。
- 鹿園
- 奥参道にある神鹿の飼育場。奈良の鹿と同じ血筋とされる。
おすすめの楽しみ方
朝早く行くこと。境内は市街ではなく森に開けていて、杉並木は日が高くなる前、団体が門に着く前がいちばんいい。奥宮まで歩き通したら、左へ折れて要石、右へ石段を下って御手洗池——ゆっくり回っても一周1時間ほど。門を出た参道には古い店と茶屋が数軒あり、帰りに寄るのにちょうどいい。
実際の行き方
- 東京駅(八重洲側)→ 鹿島神宮(高速バス 約2時間)
- バス停 → 楼門(徒歩 約5分)
- 楼門 → 奥宮・要石・御手洗池(杉並木を徒歩、片道約15分)
- 東京駅発の高速バス直行
- 東京駅(八重洲側)→(鹿島方面高速バス 約2時間)→ 鹿島神宮 →(徒歩 約5分)→ 楼門。バスが最速で、日中は運行本数もある。鉄道なら東京駅から鹿島神宮駅まで約2時間30分、そこから市街地を徒歩約10分の上り。
- 同じバス停、または駅から
- 帰りのバスは往路と同じ路上のバス停から出る。バスと鉄道では最終便の時刻が違うので、到着時に掲示を確認し、どちらで帰るかを決めてから境内を歩き出すこと。
行く前に
- 現金
- 境内は無料。宝物館と鹿園はそれぞれ別に小額の料金がかかり、参道の店は現金中心。
- 定休
- 現役の神社である。鳥居で一礼し、大鳥居からの参道は中央ではなく端を歩くこと。中央は神の通り道とされる。
- 別ルート
- 水戸からは鹿島臨海鉄道で約1時間20分。県北とあわせて回るならこの経路が使いやすい。
- 降りたあと
- 鹿島神宮駅からは市街を抜けて徒歩約10分の上り。高速バスのほうが近くまで入り、バス停から楼門までは数分。