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北野天満宮

history穴場——実はすごい

全国約一万二千社の天神社の総本社。947年、配所で没した菅原道真を祀って創建された。1607年造営の国宝本殿、約千五百本の梅、そして毎月25日に立つ市がある。

北野天満宮
実写(ライセンス済み)663highland / CC BY 2.5

菅原道真は学者の家から出て平安朝の頂点近くまで昇り、901年、大宰権帥という名ばかりの官職を与えられて九州へ流された。二年後、配所で没する。その後に都を襲った災いは道真の怒りと読まれ、947年、御神託にしたがって平安京の天門——北西——にあたる北野の地に社が建てられた。鎮魂はやがて信仰へ転じる。無念の霊であった道真は学問の神・天神となり、いま全国約一万二千社の天満宮・天神社がこの北野を総本社と仰ぐ。現在の本殿は1607年、豊臣秀頼の造営。八棟造と呼ばれる複雑な屋根構成をもち、のちの権現造の原型となった桃山建築の代表作として国宝に指定されている。道真が梅を愛したことにちなみ、境内には約五十種・千五百本の梅がある。

なぜ穴場のままか

北野は毎月25日には京都でも指折りの人出になるが、それ以外の日は驚くほど落ち着いている。位置も市街北西で、清水〜祇園〜伏見という短期滞在の定番動線から外れる。だから観光最盛期でも、地元の氏神のような空気を保っている。

歴史・背景

道真は学者の家に生まれ、藤原氏の後ろ盾を持たないまま宇多天皇のもとで右大臣にまで昇った。901年に大宰府へ送られ、903年2月25日に没する。この日付が、今も社の暦を決めている。947年の創建は、その後に相次いだ災厄への応答のひとつだった。祟る霊は世紀を経るうちに文の守護神へと読み替えられ、今も受験生が学業成就の守りを求めて訪れる。1607年の本殿は、豊臣家がまだ大坂を保っていた時期に秀頼が手がけたものである。境内の西側には御土居の一部が残る。桃山期に豊臣秀吉が京都全体を囲って築いた土塁で、境界であり水防でもあった。その土手とまわりに、いま約三百五十本のもみじが育っている。

見どころ

実写(ライセンス済み)663highland / CC BY 2.5
本殿(国宝)
1607年、豊臣秀頼の造営。八棟造と呼ばれる屋根構成をもち、権現造の原型となった桃山建築。
三光門
本殿手前の中門。後西天皇の勅額「天満宮」を掲げる。
梅苑「花の庭」
約五十種・千五百本の梅。冬の終わりから公開される。
史跡御土居のもみじ苑
秀吉が築いた土塁の遺構に育つ約三百五十本のもみじ。秋に公開される。
撫で牛
境内各所に伏せる石の牛。道真ゆかりとされ、参拝者の手で撫でられ続けて表面が滑らかになっている。

おすすめの楽しみ方

市が目当てなら25日に行くこと。6時30分に開門し、骨董・工芸・食の露店が数百軒、21時まで参道を埋める。この社のいちばん賑やかで、いちばん面白い日だ。それ以外の日なら7時の開門に合わせて入れば、国宝の本殿をほぼ独り占めできる。2月下旬は梅苑と25日の梅花祭が重なり、11月下旬は御土居のもみじ苑が開く。東門から徒歩2分で上七軒——京都最古の花街に出られる。

実際の行き方

起点
京都駅
所要
約30分 · 市バス(本数多)
降車
北野天満宮前バス停
  1. 京都駅 → 北野天満宮前(市バス50系統 約30分)
  2. バス停 → 鳥居 → 三光門 → 本殿(徒歩 約5分)
京都駅から市バス
京都駅 →(市バス50系統 北野天満宮・立命館大学方面 約30分)→ 北野天満宮前 →(徒歩 約1分)→ 大鳥居。日中は本数が多い。通常の開門は7時〜17時。毎月25日の縁日は6時30分〜21時。
同じ停留所の向かい側から
道路を挟んだ向かいのバス停が京都駅行き。夕方まで本数はある。西へ徒歩5分ほどの北野白梅町から嵐電に乗れば、嵐山方面へ抜けられる。
現在地からの経路を開く(Google マップ)↗

行く前に

現金
境内は無料。宝物殿は大人1,000円、梅の季節は1,200円。25日に参道を埋める骨董市・露店は現金のみ。
定休
縁日の参道は実際に混み合い、露店は21時より前から店じまいを始める。市の奥まで見るなら後回しにしないこと。
別ルート
嵐電(京福)北野白梅町から東へ徒歩約5分。京都駅ではなく嵐山側から来る場合はこちらが早い。
降りたあと
北野天満宮前バス停は大鳥居の正面。そこから参道が真っすぐ、撫で牛の列を抜けて三光門・本殿へ続く。

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