東京都心・神田/秋葉原No.349★★地図で見る →
神田明神
東京都千代田区外神田に鎮座する神社。天平2年(730年)創建と伝わり、1616年に江戸城の鬼門を守るためこの丘へ遷座した。108の町の総鎮守で、秋葉原のすぐ上に立つ。

神田明神の創建は天平2年(730年)と伝わり、およそ1300年になる。ただし初めからここにあったわけではない。もとは現在の大手町のあたりにあり、1616年にこの丘へ移された。江戸城の北東、古来「鬼門」とされてきた方角を守るための意図的な配置だった。以来この社は、神田・日本橋・秋葉原・丸の内にまたがる108の町の総鎮守となる。祀られるのは三柱。大己貴命(だいこく様)は縁結び、少彦名命(えびす様)は商売繁盛、そして平将門命——朝廷に叛旗を翻し、その首塚が近くの大手町に今も残る10世紀の武将である。現代のひねりは地理から来ている。秋葉原はこの坂のすぐ下だ。だから商売繁盛の役目は電気街にも及び、情報安全祈願のお守りが授与され、絵馬掛けはアニメの絵で埋め尽くされている。
なぜ穴場のままか
秋葉原から徒歩5分でありながら、社は丘の上にある。だから電気街を埋める外国人の大群は、ほとんどここまで上ってこない。そして東京で、古い信仰の場が自らをどう現代につなぎ直したかを最も端的に見られる場所でもある。同じ授与所が、1300年の加護と、ハードディスクのお守りを並べて授けている。
歴史・背景
730年、現在の大手町付近に創建され、1616年に江戸城の北東——古来忌むべき方角とされた鬼門——を守る位置としてこの丘へ移された。以後、江戸108町の総鎮守となり、神田祭は江戸三大祭の一つに数えられた。現在の社殿は、1923年の関東大震災で焼失した後、1934年に鉄筋コンクリート造で再建されたもの。この判断が社殿を救い、1945年の空襲を耐えて現存し、今は登録有形文化財になっている。境内の文化交流館EDOCCOは2018年に開館した。
見どころ(歩く順)

- 随神門
- 参道の石段を上がった正面に立つ朱塗りの二層門。各間に随神像が納められている
- 社殿
- 1934年に鉄筋コンクリートで再建された朱と黒の権現造。1945年の空襲を耐えて残った
- 授与所と絵馬掛け
- 商売繁盛と情報安全祈願のお守りが並び、絵馬はアニメの絵で埋まっている
- 文化交流館 EDOCCO
- 2018年に境内に開いた現代建築。カフェ・売店・ホールが入る
おすすめの楽しみ方
所要は40分〜1時間。静かな境内を見たいなら平日の午前。混雑を承知で行くなら、奇数年5月中旬の神田祭——二日間かけて神輿が神田・日本橋を巡る。帰る前に絵馬掛けをきちんと見ておくこと。この神社が今どういう場所なのかが、そこに最もはっきり出ている。道を挟んだ向かいには湯島聖堂があり、秋葉原は坂を下って徒歩7分。神社を先、電気街を後という順路が自然に組める。
実際の行き方
- 東京駅→御茶ノ水駅(JR中央線快速・約5分・本数多め)。
- 聖橋口→東へ徒歩約5分で随神門。
- 門をくぐって本殿へ。授与所とEDOCCOは境内の右手。
- 東京駅から御茶ノ水駅へ(JR中央線)
- 東京駅からJR中央線快速で2駅、御茶ノ水駅まで約5分。電車の本数は非常に多い。聖橋口を出て道を渡り、東へ坂を下るように約5分歩くと、短い石段の上に朱塗りの随神門が見えてくる。
- 御茶ノ水へ戻る、または秋葉原へ下る
- 御茶ノ水駅へ戻ってJR中央線・総武線へ。あるいは南へ坂を下って徒歩約7分の秋葉原駅へ出れば、山手線・総武線・つくばエクスプレスが使える。そのまま電気街で一日を続けるならこちらが便利。
行く前に
- 現金
- 参拝は無料。お守り・絵馬・御朱印は本殿脇の授与所で現金払い。文化交流館EDOCCOのカフェと売店はカードが使える。
- 定休
- 境内は日中を通して開いており参道も閉ざされないが、授与所と社務所はおおむね9時〜17時。御朱印やお守りが目的なら日中に行くこと。正月は東京有数の初詣先として非常に混み合い、奇数年5月中旬の神田祭の期間も同様。
- 別ルート
- 秋葉原駅からは電気街側の坂を上って徒歩約7分、東京メトロ銀座線の末広町駅からは徒歩約5分。すでに秋葉原にいるなら、東京駅から回るよりこちらが早い。
- 降りたあと
- 御茶ノ水駅聖橋口から大通りを東へ約5分。右手に湯島聖堂を見ながら進むと、左手の短い石段の上に随神門が立つ。