
宮崎北部・日向No.523★地図で見る →
美々津の町並み
〜神武伝承が残る廻船の港町〜
宮崎県北部、耳川の河口に残る港町。かつて廻船問屋が木材や物資を上方へ送り出した町で、白い漆喰壁と石畳の道、火除けの細い抜け道が、そのまま昔の町割りを描いている。
- 起点日向市駅
- 約45分JR普通+徒歩25分
- 降車美々津駅(JR日豊本線)
- そこから
- 美々津の町並み
狙い目
美々津は大きな目的地と目的地のあいだにある小さな地区で、駅は無人、しかも町からそこそこ歩く。特急は素通りする。つまり静かなのは規模と位置のせいであって、知られていないからではない。通りは整備され、案内も出ていて、誰でも歩いていい。
場所
宮崎のほかの記事 18件・地図で開く →見どころ(歩く順)

- 立磐神社岸辺の社。船出の神武と、航海を守る住吉の神を祀る
- 日本海軍発祥之地の碑戦時中に社の傍らへ据えられた石碑と錨の像
- 日向市歴史民俗資料館中町通りに建ち、交易期の古文書と暮らしの道具を収める
- ツキヌケ主要な通りを繋ぐ細い抜け道。火除けのために空けてある
- 美々津港の岸壁この町割りがそもそも向き合っていた現役の水辺
実際の行き方
- 日向市駅→美々津駅(JR日豊本線・下り普通。特急は停車しない)。
- 美々津駅→保存地区(北へ徒歩約25分。あるいは日向市駅からタクシーで約20分)。
- 岸壁側の神社と海軍発祥の碑から入り、通りを一本ずつ奥へたどる。
- 閉館前に中町通りの歴史民俗資料館へ寄って締める。
- JR日豊本線で日向市から南へ
- 日向市駅からJR日豊本線の下り普通で美々津駅、そこから北へ徒歩約25分で古い通りに入る。美々津に特急は停まらないので普通列車を選ぶこと。時間が合わなければ、日向市駅からタクシーで約20分の距離だ。
- 美々津駅から戻る
- 南西へ歩いて美々津駅に戻り、上りの普通列車で日向市駅へ。特急に乗り換えられるのはそこからになる。無人駅で窓口はなく本数も限られるので、着いたときに時刻表を撮っておくと帰りに困らない。
どんな場所か
美々津は、耳川が太平洋に開く河口の岸にある。宮崎の海岸線でいえばちょうど中ほどだ。江戸期には高鍋藩の上方交易港として働き、大阪や京都との商いを取り仕切った廻船問屋たちが、今歩ける町を建てた。家々は海から奥へ伸びる何本かの通りに面して並び、その間を「ツキヌケ」と呼ばれる細い抜け道が繋いでいる。火が走らないように空けてある道だ。妻入りと平入りが同じ列に隣り合って建つので、歩くにつれて軒の高さや向きが小刻みに変わる。港町として国の保存地区に選ばれている一帯である。
おすすめの楽しみ方
国道側からではなく岸壁側から入ると、神社が最初に来て、通りが海から順に奥へ退がっていく建った順序どおりに歩ける。資料館は日中のみで月曜休みなので、そこを軸に組み、抜け道歩きは後まわしでいい。旧暦8月1日に合わせられるなら、おきよ祭りが船出の朝を再現し、町にはお船出だんごが並ぶ。
歴史・背景
美々津のもっと古い顔は神話にある。日向神話では、のちに初代天皇・神武とされるカムヤマトイワレヒコがこの浜から東へ船出したと伝わる。岸に建つ立磐神社はその神武と、航海を守る住吉の神を祀り、腰を掛けたという磐を今も境内に置いている。船出があまりに急だったため、女たちは立ったまま衣を縫ったという——この地区が「立縫の里」と呼ばれる由来だ。町並みが国の保存地区に選ばれたのは1986年のことである。
行く前に
- 現金
- 通りも抜け道も神社も、歩くだけなら無料。中町通りの歴史民俗資料館は有料で、日中のみ開き、月曜は休み。美々津駅は無人なので、ホームに掲示された乗車方法に従うこと。
- 知っておきたいこと
- 太平洋に直接向いた河口で、夏の終わりから秋にかけての台風では海沿いが動かなくなる。建物の大半は今も人が住む家なので、敷地には入らず通りを歩くこと。石畳は狭く、キャリーケースを引くには向かない。
- 別ルート
- 北から下ってくる場合、美々津は南日向の次の駅にあたる。車なら東九州自動車道の日向インターから約13分、美々津港の岸壁に無料で停められる。
- 降りたあと
- 美々津駅から港の方角へ、道を北へたどる。岸壁の手前あたりから古い通りが始まる。歩いて約25分。
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距離は地図上の直線で、移動時間ではありません。
