神奈川・横浜No.399★★★地図で見る →
山下公園と氷川丸
関東大震災の瓦礫を海に埋め立てて造られた横浜の臨海公園。岸壁には1930年建造の貨客船・氷川丸が永久係留されている。重要文化財で、船内を見学できる。

山下公園は横浜の港沿いに伸びる緑地で、その地面は自然のものではない。1923年の関東大震災が街を平らにしたあと、瓦礫はどこかへやらねばならなかった。横浜はそれを使ってこの海辺を埋め立て、1930年、その上に公園が開かれた。岸壁に永久係留されているのが氷川丸だ。同じ1930年、日本郵船のシアトル航路のために建造された貨客船である。1930年代には太平洋を渡って乗客を運び、戦時中は病院船として徴用され、三度機雷に触れながら沈まずに生還した。戦後もシアトル航路に復帰し、引退してここに繋がれている。2016年に重要文化財に指定され、いまは船内を歩いて見学できる——一等食堂と階段にはアール・デコの内装が残り、下層には機関室がそのまま保たれている。この組み合わせが、この一角を10分ではなく1時間かける場所にしている。壊れた街でできた公園と、その街が越えられなかった戦争を越えた船が、隣り合っている。
歴史・背景
1923年の関東大震災は横浜の大半を破壊し、その瓦礫は海面の埋め立てに使われて、1930年開園の山下公園になった。氷川丸は同じ年、日本郵船の横浜〜シアトル航路のために進水し、アール・デコの内装で知られた。第二次世界大戦中は病院船として徴用され、三度にわたって機雷に触れながら失われなかった——当時の日本船籍としては異例の生還率である。戦後はシアトル航路に復帰し、1960年に引退、以後は山下公園に係留されている。重要文化財の指定は2016年。
見どころ(歩く順)
- 氷川丸に乗り込む
- 1930年建造の貨客船に実際に乗って、一等社交室から機関室まで歩ける。2016年から重要文化財
- アール・デコの内装
- 一等食堂と大階段。シアトル航路時代の意匠がそのまま残されている
- 海沿いの遊歩道
- 公園に沿う護岸の道。海の向こうにコンテナ埠頭とベイブリッジが見える
- 赤い靴はいてた女の子像とインド水塔
- 公園内の二つの小さな記念物。後者は震災後に横浜のインド人社会から贈られたもの
おすすめの楽しみ方
単独の立ち寄り先ではなく、この界隈とまとめて歩きたい。元町・中華街駅は中華街と公園の中間に出るので、昼は中華街、午後に公園と氷川丸、そこから海沿いを歩いて赤レンガ倉庫とみなとみらいへ——という線が自然に引ける。船は少額の乗船料で、機関室まできちんと見て約40分。その機関室こそがいちばん面白いのに、たいていの人が飛ばしていく。公園は無料で時間の制限もない。港はベイブリッジに灯が入る日没後も見る価値がある。
実際の行き方
- 東京駅→横浜駅(JR東海道線・京浜東北線・約30分)。
- 横浜駅→元町・中華街駅(みなとみらい線・約8分)。
- 駅4番出口→山下公園の護岸→氷川丸に乗船(徒歩・約5分)。
- 遊歩道を西へ歩いて赤レンガ倉庫・みなとみらいへ。
- 東京駅→元町・中華街駅→徒歩
- 東京駅からJR東海道線または京浜東北線で横浜駅、みなとみらい線に乗り換えて元町・中華街駅まで、合計およそ40分。渋谷からなら東急東横線がみなとみらい線へ直通するので乗り換えなしで着く。駅から公園と氷川丸までは徒歩約5分。
- 元町・中華街駅→東京駅
- 横浜駅経由で往路を逆にたどるか、みなとみらい線をそのまま東急東横線へ直通させて渋谷まで乗り換えなしで戻る。電車は遅くまで動いており、公園自体に閉園時刻はない。
行く前に
- 現金
- 公園は無料。氷川丸の乗船はタラップで少額の料金がかかる。ICカードは全区間の鉄道と多くの窓口で使える。隣の中華街はカードと現金が混在する。
- 定休
- 船は月曜休(月曜が祝日の場合は翌日)、荒天時も休止。最終乗船は閉館前に締め切られる。機関室へは急なタラップ階段を降りることになる。公園は港風がまともに当たり、冬は内陸の横浜よりはっきり寒い。
- 別ルート
- JR根岸線の石川町駅からは中華街を抜けて徒歩約15分。桜木町・赤レンガ倉庫・山下公園を結ぶ「あかいくつ」の周遊バスもある。
- 降りたあと
- 元町・中華街駅の4番出口から海側へ。正面が公園で、氷川丸は護岸の中ほどに係留されている。徒歩約5分。