広島城
実写(ライセンス済み)DXR / CC BY-SA 4.0

広島市中心部・基町No.1115★★地図で見る →

広島城

history穴場——実はすごい

広島の真ん中に建つ天守は、もう扉を開けない。それでも堀と石垣、復元された二の丸の木造建物は残っている。登る城ではなく、まわりを歩く城になった。

  1. 起点広島駅
  2. 約30分広電1・2・6号線
  3. 降車紙屋町東電停(広電本線)
  4. 徒歩
  5. 広島城

狙い目

穴場ではない。城跡には日常的に人が歩いている。変わったのは訪問の形のほうだ。天守に入れない以上、並ぶ列も展望室もない。目的は地面の高さの一周になる。水と石と木と、生き残った樹木を順に見ていく道のりだ。

場所

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見どころ(歩く順)

広島城 二の丸DXR / CC BY-SA 4.0
  1. 御門橋と表御門内堀を渡る木橋と、二の丸の入口に立つ櫓門
  2. 二の丸の復元建物表御門・平櫓・多聞櫓・太鼓櫓の4棟。靴を脱いで上がる木造建築
  3. 中御門跡と被爆樹木土橋のたもとに残る、火災で変色した門跡の石。傍らに被爆を生き延びた3本の木
  4. 中国軍管区司令部防空作戦室跡内堀の石垣ぎわに埋まる半地下の建物。被爆の第一報がここから発信された
  5. 本丸上段広島護国神社、大本営跡の礎石、そして足元から見上げる天守の外観

実際の行き方

  1. 広島駅南口の電停から広電1・2・6号線に乗り、紙屋町東で降りる。
  2. 中央公園を北へ抜けると、内堀と白壁の櫓が正面に現れる。
  3. 御門橋を渡って二の丸へ。靴を脱いで上がり、櫓のなかの通路を歩く。
  4. 土橋を渡って本丸へ上がれば、護国神社、大本営跡の礎石、そして間近に迫る天守に出る。
広電で紙屋町東へ
広島駅南口前の電停から、広電1号線・2号線・6号線のいずれかに乗り、市街地を西へ進んで紙屋町東で降りる。電停から城までは北へ約850m。中央公園を抜けて歩く。
紙屋町東から戻る
同じ電停まで南へ戻り、1・2・6号線で広島駅方面へ。夜が更けると本数が落ちるので、暗くなってからも城跡にいるなら電停の表示で発車時刻を確かめておきたい。
現在地からの経路を開く(Google マップ)↗

どんな場所か

広島城は太田川デルタのまんなかに立つ平城で、幅のある内堀がぐるりと囲んでいる。毛利輝元がこの地を城地に見立てて築き、江戸時代を通じて藩の中枢であり続けた。いま見上げる天守は、木造だった初代を鉄筋コンクリートで外観だけ復元したもので、戦後の復興期に建てられた。そのコンクリートと設備が安全に使える限界を越えたため内部の公開は終わり、収蔵していた品々は三の丸に建つ新しい歴史館へ移る。ただし外観はそのままだ。堀も石垣も、復元された二の丸の建物も、生き残った樹木も、変わらず歩ける。

おすすめの楽しみ方

二の丸の建物は9時に開き、午後には閉まる。冬の側の半年はそれが早まり、入館は閉館の30分前まで。堀の一周まで含めるなら1時間半ほどみておきたい。天守には入れないのだから、登る前提を捨てて、歩く前提で時間を組むほうがいい。

歴史・背景

築城が始まったのは天正17年(1589年)。毛利輝元が山城を捨て、太田川デルタへ本拠を移した年にあたる。木造の初代天守は1945年8月6日まで建っていたが、原爆の衝撃で下層が耐えきれず、上層もろとも崩れ落ちた。1958年、鉄筋コンクリートで外観を復元した天守が建ち、以後は長く城の博物館として使われた。その天守も2026年3月22日で閉城し、広島市は現時点で解体の予定はないとしている。

行く前に

現金
二の丸の復元建物は確認時点で入館無料だったので、入口で用意するものはない。電車のために小銭かICカードだけ持っておけばいい。
知っておきたいこと
天守は内部非公開で、見られるのは外観だけ。二の丸の建物は年末に数日休む。城跡はほとんどが屋根のない場所なので、雨の日と真夏はしのぐ場所が少ない。
別ルート
平和記念公園からは北東へ1kmあまり、乗り換えなしで歩ける。同じ午前にまとめて回る人が多いのはこのためだ。
降りたあと
紙屋町東から中央公園を北へ抜けると、正面に内堀が開ける。御門橋と二の丸の建物までは電停から約850m。

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距離は地図上の直線で、移動時間ではありません。