
徳島・牟岐No.651★★地図で見る →
出羽島の漁村集落
牟岐の沖に浮かぶ小さな島。江戸後期から続く漁村が、ひとつの入江を囲んで丸ごと残っている。国の重要伝統的建造物群保存地区で、島に車はなく、本土からは短い船で渡れる。
- 起点牟岐駅
- 約25分JR+連絡船
- 降車出羽島港(牟岐港からの連絡船)
- そこから
- 出羽島の漁村集落
狙い目
出羽島は知られていないわけではない。国の保存地区であり、修理した建物を会場にしたアート展も開かれてきた。この島を静かにしているのは海のほうだ。日帰りの客は船に合わせてまとまって来て、まとまって帰る。だから便と便のあいだ、路地は住んでいる人のものに戻る。
場所
徳島のほかの記事 13件・地図で開く →見どころ(歩く順)

- 出羽島港馬蹄形の入江。連絡船が着く岸壁のすぐ背後から集落が始まる
- 西波止・本町町屋型の漁家が続く古い一帯。玄関が水際をまっすぐ向いている
- 新町安政地震のあとに浜を埋めて整えた地区。ほかより通りが直線的だ
- 大池島の内側にある池。シラタマモの自生地として国の天然記念物になっている
- 出羽島灯台島一周の遊歩道の先端。三方が外洋で、北には四国の山並みが見える
実際の行き方
- 牟岐駅→牟岐港(町なかを徒歩)。
- 牟岐港→出羽島港(牟岐町の連絡船、約15分)。
- 出羽島港→西波止・本町の路地、続いて埋立地の新町へ。
- 集落→大池と島の遊歩道を回って灯台へ。同じ道を船着き場に戻る。
- JR牟岐線から連絡船へ
- 牟岐駅は徳島の海岸線を南下する鉄道が実質的に行き着くあたりにある。駅から町を抜けて歩くと牟岐港で、そこの岸壁から出羽島行きの連絡船が出る。島へ渡る手段はこの船だけだ。時刻と運賃は牟岐町が一緒に公表しているので、出発前に両方見ておける。
- 同じ船で戻る
- 出羽島発の最終は午後のうちに終わる。日帰りの感覚より早い。路地を歩き始める前に帰りの便を決めておきたい。牟岐から北へ向かう列車も夕方は本数が落ちるので、本土にいるうちに往復とも確かめておくのが安全だ。
どんな場所か
出羽島は牟岐の沖、外洋に浮かんでいる。集落は島の北側、馬蹄形に入り込んだ入江をぐるりと囲んでいる。保存地区の面積は約3.7ヘクタール。家の正面同士がほとんど触れそうな密度で建ち、その裏を通る路地は戸口ひとつぶんほどの幅しかない。西波止、本町、新町、洲鼻。地区ごとに名前が残っているのは、集落が段階を追って広がった跡がそのまま呼び名になっているからだ。復元された町並みではない。今も漁で暮らす家が、そのまま列をなしている。車が走る道がないので、荷物は今も手押し車で運ばれる。
おすすめの楽しみ方
船は約15分、牟岐発は1日6便。ここではその数字がそのまま旅程になる。まず行きと帰りの便を決めて、あいだの時間を島に預けてしまうのがいい。路地と遊歩道をひと回りすれば、昼の時間は無理なく埋まる。最終便は午後に出るので、夜まで延びる一日ではなく、早く終わる一日として組み立てたい。
歴史・背景
本格的に人が住み始めたのは江戸後期、徳島藩が移住を奨励したときだった。その後を支えたのは鰹漁で、集落は入江の周りに段階を踏んで広がっていく。安政の地震のあとには浜が埋め立てられ、そこに新しい地区が整った形で作られた。幕末から昭和前期にかけての民家が、これだけまとまって残っている漁村はそう多くない。2017年、この一帯は漁村集落として国の重要伝統的建造物群保存地区に選ばれた。
行く前に
- 現金
- 集落を歩くのは無料。路地は生活の道であり公道だ。かかるのは連絡船の運賃だけで、これは牟岐町が時刻表と並べて公表している。夏の一時期だけ額が上がるので、古い表ではなく今の欄を見ること。
- 知っておきたいこと
- 人が住んでいて、路地は玄関のすぐ前を通る。声は落として歩き、戸口や作業場に踏み込まないこと。渡るのは外洋なので、天候の影響を受ける。集落の上には津波避難タワーが立っている。ここがどういう海岸なのかは、それを見ればわかる。
- 別ルート
- 車なら国道55号を海沿いに南下して牟岐港へ。島には車を持ち込む場所がないので、港に置いていくことになる。牟岐は海陽方面へ向かう道筋でもあるから、徳島南部を一日かけて回る途中に組み込みやすい。
- 降りたあと
- 船が入江の中に着くと、集落はもう目の前にある。家の正面が岸壁を向いていて、路地はそこから直接始まる。保存地区はすべて平地で、船着き場から数分の範囲におさまる。登りがあるのは灯台へ向かう道だけで、それも緩い。
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距離は地図上の直線で、移動時間ではありません。
