
長崎北西・小値賀諸島No.900★★地図で見る →
旧野首教会
〜無人の野崎島に残る煉瓦の聖堂〜
小値賀島の東に浮かぶ野崎島。最後の住民が去って久しいその斜面に、煉瓦の教会が立っている。潜伏していたキリシタンたちが自分たちで建てたもので、周囲の集落跡は世界遺産に登録されている。
- 起点小値賀港
- 約35分町営船・1日2便
- 降車野崎港(町営船はまゆう)
- 徒歩
- 旧野首教会
狙い目
人が少ないのは、運ではなく段取りで行く島だからだ。船の便は限られ、店はなく、渡航には事前の連絡が要る。そしてそれが、手間をかける理由でもある。世界遺産の構成資産を、音量を絞った状態で見られる。ただし一日の組み立ては、こちらが船に合わせることになる。
場所
長崎のほかの記事 1件・地図で開く →見どころ(歩く順)

- 野崎港船着き場と、その背後に崩れかけたまま残る野崎集落の家々
- 尾根越えの道港から島のくびれへ向かって登っていく、唯一の舗装路
- 野首集落跡草地の中に立ち上がったままの石垣と、屋敷の平場
- 旧野首教会海に向いた煉瓦の壁。内部は身廊にリブ・ヴォールトが架かる
- 野首の浜教会の真下に開ける砂の弧。建物はひとつもない
実際の行き方
- 出発前に、島の観光組織へ渡航の連絡を入れる。
- 小値賀港(笛吹)→野崎港(町営船はまゆう・約35分)。
- 港から尾根越えの道を歩き、野首集落跡へ。
- 教会と真下の浜を見て、帰りの便に合わせて港へ戻る。
- 小値賀港から町営船はまゆう
- 小値賀港(笛吹)から野崎港まで、町営船「はまゆう」で約35分。途中で六島に寄る。ダイヤは短く固定されていて、週末に増便がある日と、月に何日かの運休日がある。日程を組む前にカレンダーを確認しておきたい。
- 野崎から戻る最終便
- 帰りの便も同じ桟橋から出る。乗り遅れれば、店も定期の足もない島に残ることになる。午後の出航は「目標」ではなく、その日の終わりそのものだと考えたほうがいい。
どんな場所か
野崎島は小値賀島の東、船で少し渡った先にある。南北に細長く、真ん中がくびれた尾根のような島だ。かつては三つの集落が分かち合い、六百人を超える人が暮らしていた。耕せないほど急な斜面を石垣で段にして畑にしていた。その人たちは、いまはひとりもいない。残っているのは草の中の石積み、北端の森の奥に立つ神社、四百頭ほどの野生の鹿、そして野首の浜を見下ろす斜面に、周りに何もないまま立つ煉瓦の教会だけだ。段々畑の輪郭がいまも読めるのは、鹿が草を食べ続けているからでもある。
おすすめの楽しみ方
何より先に渡航の連絡を入れること。島は事前の届出を求めているし、教会の内部も、来ることが分かっていなければ施錠されたままだ。船は午後便ではなく朝の便に乗りたい。午後便は折り返しまでの時間が短い。島内の移動は徒歩だけで、食べ物を買える場所もない。昼食と水は持って渡る。
歴史・背景
野崎島は沖ノ神嶋神社の神域、つまり神道の聖地だった。潜伏キリシタンが1800年ごろ、島の中央部と南端という無人の場所に移り住んだのは、まさにそのためだ。神社の氏子として届け出ておけば、これ以上ない隠れ蓑になる。禁教が解かれたあと、野首の17世帯は暮らしを切り詰めて資金を貯め、1908年、のちに五島各地の教会を手がける鉄川与助が煉瓦で建て上げた。野首集落は1971年に無人となり、その集落跡が2018年に世界遺産へ登録された。
行く前に
- 現金
- 渡船は大人片道520円。ガイド付きの散策や、島で唯一の宿泊施設である旧校舎の宿は、島の観光組織を通じて別に手配して支払う。
- 知っておきたいこと
- 渡航は事前に島の観光組織へ連絡すること。教会の内部が開くのは船が動いている時間だけで、運休日は閉じたままになる。港の周りの廃屋は倒壊の危険があり、島の南北へ延びる山道は荒れていてイノシシも出る。
- 別ルート
- 小値賀島へは佐世保から高速船かフェリー、博多からは夜行のフェリー太古で入る。小値賀で一泊し、翌朝に野崎へ渡る組み方がいちばん無理がない。
- 降りたあと
- 野崎港からは内陸へ一本の道が延び、尾根を越える。そのまま進むと下方に野首が開け、浜の上の斜面に教会が見えてくる。