佐渡島の金山
実写(ライセンス済み)Asturio Cantabrio / CC BY-SA 4.0

佐渡島・相川No.1038★★★地図で見る →

佐渡島の金山

history王道を、いちばんいい形で

佐渡の西海岸、相川の山に四百年近く掘られた金銀山。江戸の手掘りと近代の機械掘り、二本の坑道を歩ける。頭上の尾根は、掘り抜かれて二つに割れている。

  1. 起点両津港
  2. バス約70分フェリー+直通バス
  3. 降車佐渡金山前(新潟交通佐渡・本線)
  4. 徒歩
  5. 佐渡島の金山

場所

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見どころ(歩く順)

宗太夫坑Indiana jo / CC BY-SA 4.0
  1. 宗太夫坑江戸期の手掘り坑道。国史跡で、岩肌に沿って採掘の作業が人形で再現されている
  2. 道遊坑近代化以降に開かれた機械掘りの坑道。国の重要文化財
  3. 機械工場と粗砕場トロッコ軌道、工場、鉱石を砕く設備が操業を終えたときのまま残る
  4. 道遊の割戸地表からの採掘で尾根が割れたV字の跡。坑道の先の通路から望む

実際の行き方

  1. 新潟港→両津港(佐渡汽船。ジェットフォイル、車を運ぶならカーフェリー)。
  2. 両津港→佐渡金山前(新潟交通佐渡・本線の終点まで、1時間あまり)。
  3. 受付→江戸期の手掘り坑道→機械掘りの坑道→道遊の割戸を望む通路。
  4. 佐渡金山前→両津港へ同じ本線で戻る(乗る船の時刻に合わせて)。
両津港から直通バス
両津港→(新潟交通佐渡・本線、佐渡金山行き、1時間あまり)→終点の佐渡金山前。本線は金井・佐和田・相川の町を経て島を横断する。本数の多い路線ではないので、港のターミナルを離れる前に発車案内を見ておきたい。
佐渡金山前から戻る
帰りも受付前のバス停から同じ本線で両津港へ。午後は便が薄くなり、船にも最終がある。坑道に入る前に帰りのバスと乗る船を決めておくほうがいい。乗り継げなかったときは、数停留所戻った相川の町が受け皿になる。
現在地からの経路を開く(Google マップ)↗

どんな場所か

坑道が広がるのは佐渡の西海岸、相川の背後の山だ。見学路から想像するよりはるかに大きい。四百年近く掘り続けた坑道は、東西にも南北にも、そして下へも伸び、総延長はおよそ400kmに達する。この間に採れた金は約78トン。いま歩けるのはそのうちの二本で、江戸期のものと近代のものが一本ずつ、同じ受付棟から始まる。両津からのバスがその玄関先まで入るのは、この格の遺産としては珍しい。

おすすめの楽しみ方

二本の坑道は江戸、次に近代の順で回るといい。四百年が一続きの流れとして読める。道遊の割戸のすぐ下を通る道はほかより早く閉じるので、最後に取っておかず先に時間を割く。坑内は季節に関係なく冷えているので、真夏でも羽織るものを一枚持っていきたい。

歴史・背景

相川で鉱脈が見つかったのは1601年と伝えられる。その2年後には徳川幕府が直轄地とし、島に奉行所を置いて小判を吹かせた。佐渡の金は幕府財政の柱になる。採掘は明治の近代化を経て二十世紀まで続き、鉱量が尽きた1989年に操業が止まった。相川・鶴子の鉱山跡と西三川の砂金山を合わせた遺産群が世界文化遺産に登録されたのは、2024年のことだ。

行く前に

現金
坑道コースの入場料は受付棟で払う。料金はコース別と共通券で異なり、最新の額は公式サイトに出ている。島内の事業者ごとにカードやICの扱いが違うので、バス代も含めて現金を用意しておきたい。
知っておきたいこと
通年で開いているが、冬は夏より営業時間が短く、最終入場は閉場よりかなり前に締まる。道遊の割戸に最も近い通路は、ほかより早く閉じる。江戸期の坑道は階段で下りるため車椅子では入れず、機械掘りの坑道は階段の手前で引き返せる。
別ルート
関西や信州から向かうなら、直江津港からカーフェリーで島南部の小木港へ渡り、車か島内バスで北西の相川へ。両津経由より船も陸路も長い。
降りたあと
佐渡金山前は終点で、受付棟のすぐ前に着く。バス停から入口まで歩く距離はない。

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距離は地図上の直線で、移動時間ではありません。