
長野東部・上田No.1238★★地図で見る →
上田城跡公園
〜真田三代の城跡と千本桜〜
上田盆地のほぼ中央、真田氏が築いた城の跡に整えられた市街地の公園。三棟の櫓と復元された櫓門、堀と土塁の線が残り、公園そのものには開園時間がなくいつでも入れる。
- 起点上田駅(北陸新幹線・しなの鉄道)
- 約12分上田駅から徒歩
- 上田城跡公園
狙い目
上田城は真田の物語と春の千本桜まつりで知られた場所で、静かな穴場ではない。見落とされがちなのは下半分のほうだ。多くの人は駅側から復元された櫓門をくぐり、本丸を横切って同じ道で帰ってしまう。崖下の尼ヶ淵まで下りると、石垣と断崖の関係が見えて、なぜここに城が築かれたのかが腑に落ちる。
場所
長野のほかの記事 27件・地図で開く →見どころ(歩く順)

- けやき並木遊歩道埋められた二の丸堀の底を行く並木道。昭和初期には電車が走っていた
- 東虎口櫓門本丸東側の木造の櫓門。古写真と発掘の成果をもとに復元された
- 南櫓・北櫓櫓門の両脇に立つ二棟。城外へ出ていたものを石垣の上に戻した
- 真田井戸本丸に残る大きな井戸。抜け穴の伝説が語り継がれている
- 尼ヶ淵と西櫓南の石垣の下に広がる崖と、江戸期からこの場所に立ち続ける唯一の櫓
実際の行き方
- 上田駅(お城口)→上田城跡公園・東虎口櫓門(徒歩約12分)。
- 東虎口櫓門→本丸→真田井戸→西櫓と、櫓を左手に見ながら進む。
- 南側へ下りて尼ヶ淵の崖下を端まで歩き、駅へ戻る。
- 上田駅から徒歩
- 上田駅には東京・長野方面からの北陸新幹線、しなの鉄道、上田電鉄別所線が乗り入れる。北側のお城口から出て、平坦な市街地の道を北西へ約12分歩けば二の丸橋と東虎口櫓門に着く。
- 上田駅へ戻る
- 同じ道を12分ほど戻ってもいいし、南側の尼ヶ淵へ下りて道なりに東へ進んでも駅に出られる。東京・長野方面の新幹線は夜まで動くが、別所線と路線バスは早めに本数が減る。遅い時間まで粘るなら、そちらの時刻を先に見ておきたい。
どんな場所か
公園は上田城の本丸と二の丸の跡にあたり、上田駅から北西へ歩いてすぐの街なかにある。選ばれたのは高さでなく地形だった。南側は尼ヶ淵と呼ばれる断崖で落ち込み、その下にはかつて千曲川の分流が流れて天然の堀になっていた。江戸時代には本丸に7棟の隅櫓が並んでいたが、いま建っているのは3棟。園内には千本ともいわれる桜が植えられ、埋め立てられた二の丸堀の底にはケヤキ並木の遊歩道が続いている。城跡のなかには上田市立博物館もある。
おすすめの楽しみ方
公園には門も閉園時間もなく、石垣も堀の跡もけやき並木も、時間を選ばずに歩ける。ただし櫓の内部と上田市立博物館は公開日が決まっていて、別に観覧料がいる。尼ヶ淵は最後にとっておき、上から見下ろすのではなく崖下を端から端まで歩くといい。春の千本桜まつりと秋の紅葉まつりの時期が、一年でいちばん混む。
歴史・背景
上田城を築いたのは真田昌幸で、天正11年(1583年)のことだ。1585年と1600年の二度、城は手勢をはるかに上回る徳川方の大軍に攻められ、いずれも退けている。この戦歴が上田城の名を広めた。二度目のあと城は破却され、代わって藩主となった仙石氏が1626年から櫓の再建に着手する。本丸と二の丸の大部分は1934年に国の史跡に指定され、東虎口櫓門は1994年、古写真と発掘調査の成果をもとに木造で復元された。
行く前に
- 現金
- 公園を歩くだけなら費用も入場券もいらない。櫓の内部と上田市立博物館は観覧料があり、公開日も決まっているので、中まで見たいなら最新の予定を確かめたい。窓口用に現金を少し持っておくと安心だ。
- 知っておきたいこと
- 園内は季節を問わず、日が暮れてからも入れるが、尼ヶ淵へ下りる道に照明はない。春の千本桜まつりと秋の紅葉まつりの時期は人出が最も多い。真冬は雪と凍結で、段差の石段が滑りやすくなる。
- 別ルート
- 長野からは、しなの鉄道の普通列車でも北陸新幹線でも上田に着く。普通列車のほうが時間はかかるが運賃は安い。別所温泉の側から向かうなら、上田電鉄別所線が同じ上田駅に入る。
- 降りたあと
- 上田駅は北側のお城口から出る。大通りを北西へ歩き、けやき並木の上に架かる二の丸橋を渡ると、正面が東虎口櫓門になる。
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距離は地図上の直線で、移動時間ではありません。