
青森西・つがるNo.931★★地図で見る →
亀ヶ岡石器時代遺跡
日本でもっとも有名な土偶「遮光器土偶」が出土した、縄文晩期の共同墓地。晩期文化そのものの名前になった場所で、いまは囲いのない野原に世界遺産の標柱が立つ。
- 起点五所川原駅
- 約30分JR五能線+車
- 降車木造駅(JR五能線)
- そこから
- 亀ヶ岡石器時代遺跡
狙い目
世界遺産だが、世界遺産らしい建物は現地に一つもない。門も受付もなく、低い尾根と石像と説明板があるだけだ。青森の縄文めぐりは復元集落のある三内丸山遺跡に流れがちで、ここは自分のペースで見て回れる。
場所
青森のほかの記事 34件・地図で開く →見どころ(歩く順)

- 木造駅の土偶駅舎高さ17.3mの遮光器土偶が正面いっぱいに立つ駅舎。目が光る仕掛けが組み込まれている
- 縄文遺跡案内所駐車場わきの案内所。地図が置かれ、暖かい季節にはボランティアガイドが立つ
- 墓域の尾根土坑墓が群れて見つかった砂丘の高まり。かつての十三湖の低地に向く
- 尾根下の低湿地漆塗り土器・籃胎漆器・木製品を腐らせずに残した泥炭の湿地
- 田小屋野貝塚すぐ近くのもう一つの構成資産。貝輪づくりの跡と北海道産の黒曜石が出ている
実際の行き方
- 五所川原駅→木造駅(JR五能線・1駅)。
- 木造駅では、駅舎いっぱいの遮光器土偶を正面から見上げる。
- 木造駅→亀ヶ岡石器時代遺跡(タクシーまたはレンタカー)。
- 現地は駐車場と案内所から入り、尾根、そして田小屋野貝塚の順にまわる。
- 五所川原から五能線、最後は車
- 五所川原駅→(JR五能線・1駅・6.2km・約6分)→木造駅。遺跡へはそこから車でおよそ20分、この区間に路線バスはないのでタクシーかレンタカーになる。五所川原へは弘前から五能線で、または新青森から川部で乗り換えて入る。
- 木造駅から五所川原へ戻る
- 行きと同じ道を戻る。車かタクシーで木造駅に出て、五能線で五所川原へ。都市部の路線とは本数の感覚が違うので、遺跡へ向かう前にホームの時刻表を見て、帰りの列車を決めておきたい。
どんな場所か
遺跡があるのは、津軽平野の西を走る屏風山砂丘地の東の端だ。砂の丘には土坑墓が掘られ、その下に広がる低湿地は捨て場であり、祭祀の場でもあったと考えられている。空気を通さない泥炭は、ふつうなら朽ちて消えるものを残した。漆を塗った土器、籃胎漆器、木製品、ヒスイの玉。墓の数にくらべて竪穴建物が極端に少ないことから、周りのいくつもの集落が共同で使った墓地だったと読まれている。いまその丘にあるのは草地と畑、石の土偶、そして説明板の列だ。
おすすめの楽しみ方
まず駅そのものが最初の展示だ。ホームに向かう前に、正面の壁いっぱいの土偶を見上げておきたい。そこから車で尾根へ移り、砂と泥炭がそれぞれ何を抱えていたのかを説明板でたどる。案内所が開くのは日中で、雪の深い時期は閉じる。地図とガイドが揃うのは暖かい季節のほうだ。
歴史・背景
墓域として使われたのは縄文時代の終わりごろ、およそ3,000年前とされる。1887年、この地から目を細く横に切った大型の土偶が掘り出された。雪の照り返しを防ぐイヌイットの遮光器に似ていることから「遮光器土偶」の名が生まれ、実物はいま東京国立博物館が所蔵する。遺跡は1944年に国の史跡となり、2021年には「北海道・北東北の縄文遺跡群」の構成資産として世界文化遺産に登録された。
行く前に
- 現金
- 遺跡と縄文遺跡案内所の見学は無料(確認時点)。木造亀ヶ岡考古資料室は入館有料。タクシーを使う区間があるので、現金を持っておきたい。
- 知っておきたいこと
- 縄文遺跡案内所は12月から3月まで閉鎖される。尾根は春先まで雪の下に入る。遺跡は屋根のない野原なので、明るい時間に合わせて計画したい。
- 別ルート
- 五所川原駅からは弘南バス「五所川原〜市浦庁舎線」で約34分、「亀ヶ岡」下車という手もある。車がなくても現地の近くまで入れる経路だが、便数が限られるので駅で時刻を確かめてから乗りたい。
- 降りたあと
- 木造駅から遺跡までは、歩ける距離ではない。駅前でタクシーを手配するか、レンタカーで向かう。出発する前に、駅舎正面の巨大な土偶を見上げておきたい。
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